サイトゥーン、日本に帰る

朝、ちょっと早めに目が覚める。
日本に戻る日。
世界一周が終わる日。
 
荷物を片付けて、ボロボロになった靴やTシャツを捨てて。
帰国する整理をする。
 
でも、荷造りしながら、もう少し旅を続けようかと思っていた。
ここで飛行機をのばしても、困ることはない。
帰国した後の予定なんて入っていないしね。
 
その気になりながら、旅を振り返る。
初日から、メキシコでズタズタになった。
カンクンの夕方。空港に吹いた、穏やかな風に救われた。
リマに着いてすぐタクシーに振り回された。
クスコで旅行代理店にボラれた。
イースター島で友人が出来た。
バルパライソでカメラを無くした。
リオでジョージさんと会い、熊とブラジリアへ行った。
 
アルゼンチンでタンゴを少しだけ勉強する。
スペインで見た闘牛は、残酷なぶり殺しに映った。
太陽海岸で日焼けをして、白い街並みの中にいた。
ロッコでは何度となく、お金がらみで喧嘩になった。
アンマンでタクシーと喧嘩になり、財布を取られた。
ヨルダンの宿の親父に助けられた。
そんな事の繰り返し。
 
時には人間不信になり、一度は絶望した。
その度に誰かに救われた。
そんな毎日が映画みたいな、感動と絶望。
天国と地獄を揺り返す旅の刺激は捨てがたい。
 
深夜特急」を読んだ事を思い出した。
ずいぶん前の話。
沢木光太郎が書いた、多くの若者を旅に引き込んだ名著。
 
たしか出会いは19歳の頃。
その世界が見たかったのかもしれない。
でも、彼の書いた貧乏旅行の世界には出会わなかった。
たぶん「深夜特急」は七割の事実と三割のファンタジー
そんな未知な世界への冒険も、もう夢物語でもなくなってしまった…2008年の世界一周は、安いバックパックの旅行でも全然優雅。
 
もしここでチケットを延ばしたら、しばらくそんな夢の中に居続けられる。旅を続けるのも悪くないなって思う。
 
ただ、なんとなくわかる…
それは一つの境界線を越えるってこと。
物理的なものでなく、自分の中の精神的な境界。
 
そこを越えると価値観だけでなくて住む世界もたぶん変わる。
具体的な場所でなく、意識として越えたら生きるルールが変わる。
 
境界線のあっち側には、スナフキンがいる。
けど税金もないけど、健康保険もない。国民の義務もないけど、権利もない。日本のような管理されて守られた安全からとき放たれる。刺されて殺される事もありそうな感じ。
 
旅慣れて来たサイトゥーンにとって、魅力的な誘惑。
 
ここまで旅を続けられた理由がいくつかある。
なぜか二つともイスラム圏。
 
一つは、フェズでのムスタファとの出会い。
メクネスからの帰りの列車で、完全に折れる直前のサイトゥーンを支えてくれた。
彼は助けようとしたわけじゃなくて、気軽に話しかけてきただけだと思うけど。でも結果として、その出会いが旅を続ける覚悟とエネルギーをくれた。

一つは、アンマンで財布をなくした日。
命以外の全てを無くしたとしても、人生を何とか出来るって思った時。
 
やっぱ帰ろ。
 
旅はまたいつでも始められる。
大事なのは自分の旅をすることで、旅に飲まれちゃいけないよね。
 
本当は、とっくに分かっている。
旅の本質は、新しい出会いだって事。
 
それは東京にいて仕事してたって、次々とやってくる。
毎日新しいことは東京だって起きる。
本当は旅とそんなに変わりはしない。
 
カンクンの空港で、自分に言った言葉を思い出す。
この旅で死なずに帰ってこられたら、少なくとも悪くない旅になるなって。
 
その通り、本当にそうだった。
世界は思ったより便利だったし、人も街も捨てたもんじゃない。