サイトゥーンが聞いた、昔話

今は昔。
平安時代の少し前の物話です。
  
駿河という温暖な国に小さなお城がありました。
そのお城のあたりは、府中と呼ばれていました。
海に面したその地には、賢人と称される先代のお殿様がいらっしゃって、南蛮貿易と漁業で富を築き国の民へもまた豊かな暮らしをしていたそうです。
 
穏やかな国のこと。お殿様は南蛮打楽を大層お気に入り遊ばし、家臣の者と饗して江洲甲羅なる雅楽を嗜まれていらっしゃったそうです。
当時貴族の間で流行していた、蹴球にも武士を代表して招かれ、甲羅雅楽の代表として路麗なる衣装をまとって優雅に暮らしておりました。 
 
本当に平和な日々が続いておりました。
 
さて、お殿様の治世も、平和なうちにはや四半世紀を過ぎ、そろそろ政務を隠居する時期が参りました。
 
お殿様には、御転婆なお姫様がおりました。弟君も何人かおりましたが、お殿様は姫を、次の城主にしたいと考えました。
殿の気持ちも解らないではありません。お姫様は幼き頃からお殿様に連れられて、伴天連雅楽に勤しんでおりましたもので、太鼓と名のつくものなら何でも男勝りでございました。
あまり上手でない弟君など、姫に小突き回され良く泣いておったものです。

しかし、そうは言っても源平の争いなど盛んな頃です。
駿河の小国は南蛮貿易で得た財を、一つは国境の警備に、一つは近隣との友好に使っておりました故、このあたりで周囲が殺伐でも、平和を維持しておったのです。
それにしても女主の国など、周りから見れば前代未聞な事でございました。

また四半世紀に及ぶ平和な治世は、異国が攻めてくることが日常茶飯事であることなど。すっかり忘れてしまっております。
今の言葉で申すなら、平和ボケというものです。
 
姫は、正直なところ城主を次ぐなど考えたことがありませんでした。
殿の娘として、気ままに過ごすことで十分だったわけですから。