サイトゥ−ン王子の旅で一番長い日の巻

saitoon2008-06-05

朝の6時にリッサニ到着。
 
そこはイブラヒムの生まれたところ。
だからちょっと寄ってみようと思った。
どうせホテルに行くのは昼でいいと思った。
 
デブの眼つきの悪いのが寄ってきた。こいつもムスタファっていう名前だった。
そいつはちょっとの英語とフランス語が話せて、フリーの観光客を騙しまくってる奴だった。
というか体験上言うけど、メルズーガの観光客相手の奴らは、ろくでもないのがほとんど。
 
無防備なお金持ちが財布を緩くしてやってくるのがメルズーガ。
産業がないこの地域にとって、楽にお金が得られるのが観光業って事になってる。
 
リッサニは治安とか警察とか日本のように完全に機能していない。
そういうところに、どんな奴が集まると思う?
金の集まるところに寄ってきて、脅しすかしで金を横取りしようとするチンピラみたいなのが集まってる。
リッサニのバス停は正にそういう場所だった。
 
これが先進国の観光地とは根本的に違う。理由だ。
 
だから一番はじめに、まともな観光なんて考えていない奴が声をかけてくる。
金だけ持って観光地の情報がなくて、騙したって次の日にはいなくなる都合の良い観光客がが毎日やってくる。
駅でふざけながら声かけてれば、普通の人の一週間分のお金が10分で入る。
 
とりあえず午前中にリッサニを観光して、午後にホテル・デューン・ドールに行こうと思っていた。
デューン・ドールは砂漠に立つまあ優秀なホテル。
前に来たときに、雰囲気のよさでここに泊まりたいと思ったホテルだ。
 
それをその、くそデブが平気でうそを並べてぶち壊しにしやがった。
 
お客は同じCTMバスに乗ってたアメリカ人二人。
20歳前後だろうね。
一人は目がボーっとしてるデブ。なっていうかドーナツ好きのボブって感じ。
もう一人は痩せてて一人旅は慣れてる口調の奴。ドナルドって感じかな。
バスの中で二人がデカイ声で話してたから、バカだと思ってた。
残念だけど、アメリカのテレビ。学園ドラマに出てくるなんとなく中途半端なモテないちょい役キャラクターそのもの。
 
仕方なくそいつが薦めた隣のホテルから砂漠に行くことになった。ホテルに着くといきなり態度代えた。
メルズーガのホテルは砂漠にポツンとあるホテルだ。
移動手段はグランタクシー以外ほとんどない。
ところが言ったホテルは、レセプションの奴らまでグル。
 
取ってあるはずの部屋はなく、プールは改修中。
シャワーだけ浴びさせてやるから、30分で用意しろ。出発は一時間後だ。
 
何様のつもりだ、
 
シャワーを浴びようとしたら、シャワー以外触るなって言われた。
部屋は取ってあるはずだろうよ!
 
戻ったあとの予定を聞いても、正確にわからないような言い草。
挙句にそこにいた7人が笑ってやがった。
 
どうせ、こいつら動くことも出来ないって態度。
完全に圧力かけてきた。
おとなしくしてれば、砂漠に連れてってリッサニに返してやるよって態度。
ラクダとやるか!とか言ってやがる。
この前来た女の二人組はおとなしく言うことを聞いてたとか、ヤッてやったとか調子に乗って言ってきた。
 
バスの予定があるって言う。
知らないね。
ざけんな!初めて怒鳴った。
何怒ってんだって、奴らまた笑う。
 
素手で戦ってもいいが、負けたら取り返しがつかない。その先いいようにやられる。
深呼吸して、荷物を置いてある部屋に戻った。
スイスアーミーのスウィンガーナイフ。
遥か昔、貰った物。
旅行にいつももって行くけど使った事は一度あるかないか…たしかビールの栓を抜いた。
刃を立てながら、ちょっとやんちゃな高校生の頃を思い出しながら、ロビーへ歩いた。
 
ロビーのドアを蹴り飛ばす。
全員がこっちを向く。
てめえら、いい加減にしろ!
そう言って、ナイフを壁に軽く刺した。
つもりだった。
ズボッと壁に根元まで刺さる。
 
土を盛って乾燥させただけの壁だから基本的に柔らかいんだね。
ナイフを握った手がそのまま壁を殴る形になった。
 
ドンと落ちる絵。
どうせ安物だから構わない。
 
お前ヤクザか!デブが言った。
 
へ?
“お前ヤクザか”なんて台詞。弱い奴が言葉で非難する台詞だぞ。
 
一瞬で理解できた。
こいつら、本気で刃物交えた事なんてない。
もちろんサイトゥ−ンだってないけど。
 
って事はここで押さえ込んだ方が良い。
もうこっから全部日本語。

あの野郎座らせろ!指で指示する。
言うことを聞かなけりゃ、怒鳴る。
 
さっきまで当たり前に客を呼びつけてた。
やつらのルールでそのまま返してやる。
 
しらた奴ら分裂し始めた。
俺のせいじゃない!とか言い出す。 
もうこっちのペース。
 
頼むから落ち着いてくれ! 
悪ムスタファが玄関から大声で言った。
 
後ろに車が三台。たぶん一緒のツアーの客、フランス人ぽい。
そのお客さんが困惑しているのが分かる。
そりゃそうだ、砂漠ツアーに来てみりゃ、どこの東洋人だか知らないけどナイフ持って怒鳴ってるんだもん。
サイトゥ−ンがフランス人の立場だったら、そんなツアー絶対行かないよ。
  
ナイフを仕舞う。
だけどここで静かにしたら、言うこと聞くと思ってまたツケあがる。
誰が引くか!
 
てめえがでたらめな約束でここに連れてくるから悪いんだろうが!
デブを指差した。
日本語なんだから意味なんて通じない。その方が怖いだろうから丁度良いや。
かなり怒ってるのがその場に伝わってりゃいい。
そいつに土下座させろ!
185センチくらいの、砂漠ガイドを指差して言った。
コイツとデブが頭目だ。
この二人を潰せは、後は全部従う。
 
デカイのが「何で俺なんだよ」って表情。
“デカイの”って分かりづらいんでアントニオって名前にする。
座れって言ってるだろ!畳み掛けて言った。
デブがアントニオのに張り手した。
フランス人を気遣って、収めようと殴った。
 
だけど逆効果。
怒鳴っているのを見るのと、殴っているのを見るのとは完全に印象が違う。
 
サイトゥ−ンは帰りそうになってる玄関前のフランス人に歩いていった。
あんたたちこのツアーの人?
いえ、あたし達はグループじゃないのよ…
隣のホテルまで連れて行ってくれないかな?
 
ごめんなさい、あたしたち…
しどろもどろに答えた。
OK. Don't warry.土壇場では英語になっちゃうね。スペイン語が出れば良いのに。
 
気持ちは分かるよ、訳分からない揉め事に関わりあいたくないもん。
こっちも強引に引き止めるほど義理もないし、切迫してはいない。
3台の車は、急いでいなくなった。
 
さて、また交通手段もなくなっちゃった。
 
砂漠歩くしかないかな…隣のホテルまで500メートルくらい。
だけどそっちに行ったって、何が起こるか分からない。
奴らは抑えたけど、いつまでおとなしくしているか分からない。
ただ、ここまでの経験上、トラブった時は先が読めるまで動かないほうが良い結果になってる。
 
とりあえず10人くらいをキャンセルさせちゃった訳だから、奴らの打撃も大きいはず。
それが落ち込むほうに行くのか怒るほうに行くのか…その違いが大きい。
ホテルに残ってるのは、ドナルドとボブとで三人。
デブボブは疲れたとか言って砂漠に行かないでホテルで寝るとか言い出す。
ドナルドは、俺はエンジョイしてるんだけど、そんなに怒ることがあったのか…って聞く。
お前らみたいな舐められて、卑屈感が麻痺してる奴が多いから、リッサニがこういう事態になってんだよ。
 
夜、砂漠に行くのは俺ら二人か。
もし殺されても証拠は残らないだろうね。
旅のライン上、リアドではパスポートも出していない。
フェズのホテルで消息は消えてる。
ラズロックさんに話が届けばメルズーガに行った情報まで届くけど、捜索願が仮に出たとしてたぶん9月。
もう砂の海で分解してるかもなって思った。
 
夜は安心して寝られないな、とか寝込み襲われたらどう返そうかとか考えてた。
 
一撃で人を殺すせる腕力があるのは、アントニオ一人だけ。
後は、気が付いてからでも何とかなる。体力でも気合でも負けるとは思えない。
 
奴にそこまでのの気があるか。命の相場はどのくらい軽いか。
見抜かなきゃならないのは、そこだけ。
あっちがやる気なら、それなりに手を打っておかないと。
 
ちょっとすると別のフランス人三人組がやってきた。
同じツアーで砂漠に行くみたい。
ホッとした。少なくとも夜に砂漠で喧嘩しやすい環境ではなくなる。
 
結局、ラクダツアーは午後6時半出発。合計5人でね。
5時までに風呂に入れとか言ってた割に遅い出発。
こういうのが客を舐めているっていうんだよ。
 
弟と二人でキャンプ地に連れて行くって言った。
普通、人数が10人でもラクダ引きは一人。
他のツアー見ても、前に行った経験でもそうだ。
 
10分くらい砂丘を歩く。
たまに目が合う。睨みはしない、だけど目線は外さない。
ちょっと余裕があるような表情をしてラクダの上から見下ろす。
目を背けるまで見たまんま。目のそらし方を見る。
これやると従順になるか、逆らうかが大体分かる。
 
何度かこっちを見た。その度に同じように見つめる。
奴はもう逆らわない。 
 
そのうちラクダの隊列から離れていった。
なんとなく距離を置いてついてくる感じ。

でも、用心しておこうっと。
 
砂漠に1時間で到着。
前に行ったところよりずいぶん近い。
ちょっと文句はあるけど、まあ色々疲れてるんでいいや。
 
キャンプに着いてラクダを降りた。ドナルドと砂丘の高い山へ行こうって話になった。
カメラとジョージさんから借りた三脚を持って砂漠へ。
午後7時半。夕日が砂漠を綺麗な茶色に見せている。
 
日没までに山の上まで行きたい。
砂の頂を歩くんだけど、微妙に崩れながら歩くんで結構体力を使う。
でも時間がないから体力の続くだけ登った。
頂上に見えた丘の上。日没に間に合った。
でもその先にもうひとつ丘が出てきた。
とりあえず日の入を見て、どうしようか考える。
15分だけ登ろうって事になった。
 
なんとなくその先にまた丘がある気がした。
それは前に来た経験。
 
でもそこは頂上だった。
 
半分蒼くなった砂漠の全容が見えた。
 
キャンプに帰って、まずいハリラスープと煮過ぎたタジンをちょっとずつ食べて、降り注ぐような星の下で寝た。