南極日記0125

25日
アルミランテ・ブラウンへ。要するにここも島なんだけど、夏だけ使っているアルゼンチンの基地がある島。でも人はいなかったみたい。
ここはジェンツーペンギンの営巣地。
特別何もなくてジェンツーペンギンを見に来た感じ。雲がどんよりしていて、なんとなく日本海側の東北地方の冬みたい。
なんとなくペンギンの種類を意識し始める。
 
それにしても営巣地は海近くの岩の上にあって赤土色。本当はペンギンの排泄物で色が変わってしまってるんだけど。
たまに白いお腹に返り血を受けた様なペンギンがいるんだけど、それは隣の糞を浴びたのかもしれない。
ペンギンの排泄は、水鉄砲みたいに飛ぶ。彼らの後ろには注意したい。
 
途中に大きな骨が並んでいた。たぶん鯨じゃないかな3メートルくらいあったし。
白骨が綺麗に並んでいた。
ここもハーフムーン島と同じで、風や波がないんだね。
 
フラムへ戻って、移動。
途中で、ペンギンが纏まって泳いでいた。
初めて気がついたんだけど、ペンギンは泳ぎながらジャンプ出来る。
あんなおっとりした奴らだけど、実は泳力はかなりなもの。
早いし、飛ぶし。
 
そのまま船は進む。
もうここまで来れば船は揺れない。
南極半島の内海へ入ってる。
 
どんよりした海をゆったりとフラムは進むのだけど、その風景に色がなくなった。
なんだろう、適切なイメージの言葉が見つからないのだけど、例えば「恐山」なんて感じの風景。
もしくは「三途の川」かな…
 
こんなところで日本人なんだなって実感したりする。
 
船はますます進んで、クバービル島へ。
ここでは天気は晴れ。そこそこ雲はある感じの晴れ。
 
やはり晴れていると、上陸もワクワクする。
ほとんど雪が残っている島へ上陸した。
 
でもここでも、真冬の日本よりは暖かい。歩いているのもあるんだろうけど手袋がなくてもなんとかなる。
南極の雪は全部が氷河のようなものなんだろうね。厚く密になっている。雪と氷の間の状態。
でも表面は、溶けた水が小さな流れになっていたりして、それが雪の隙間に入って、夜また凍って密度が上がる。
そんな繰り返しをしているのかな。
 
クバービル島にもペンギンはいる。ジェンツーペンギン。
使っていないアルゼンチンの基地の周りに住みついているみたいで、土地が赤くなってる。
匂いは、撒き餌とか、漁村の魚がしょっぱくなった感じ。
この辺はかわいくない。
 
島を一回りして、尖った山の上に登る。
50メートルくらいの高さ。足を踏みしめながら40度くらいの雪の上を登る。
登り切ると、素晴らしい風景が現れた。
 
たぶんここは、普通の人が来られる南極で最も美しい場所の一つかもしれないな、なんて思った。
 
ところがその日はそれで終わらなかった。
夕方、前日から仲良くなっていた中国人のグループとカフェでお茶を飲んでいた。
そのリーダーが、なぜか福本さんと名乗る日本人。
彼らは中国人の若手経営者のグループらしく、衛星携帯電話で連絡を取りながら仕事をしつつ南極に旅していた。
福本さんは、日本語が堪能。
PCはレノボで、世界中を仲間でよく旅しているらしく、イスラエルに行った写真とか、エジプトに行った写真とか色々見せてくれた。
 
素性はよく分からないんだけど、中国もこういう超リッチ層が生まれているんだね。
 
話を戻すと、午後9時半。
やっと太陽が沈みはじめた感じ。
船首の方に、綺麗な風景が見えた。
遠くに大きな氷山が浮いている。青い氷山。
箱船のように見える。その後ろには切り立った海から立ち上がっている山々。
神様が降りてきそうな風景だった。
 
フラムはゆっくり、本当にゆっくりとその氷山に向かって進んでいく。
僕らは、オブザベーションデッキへ。
何枚か写真を撮る。
 
乗客がどんどん増えてきた。太陽がゆっくり下に降りてくる。
でも、光が弱くならない。山が燃えているように輝いていく。
 
その山の間の谷に見える方へ、フラムは進んでいく。
 
フッと、気がつく。
船の向きが微妙に変わっている。
 
山間の谷に向かっていない。
巨大な青い氷山に回り込んで、太陽と谷と氷山が並んで見える場所を維持しながら船は進んでいる。
 
船首のデッキから振り返る。ブリッジが見えた。
光が反射して、スモークもかかっていて、うっすらとしか中が見えない。
 
ハンセン船長が、にやにやにながら見ていた。
なるほど、そう言うことだったのか。
 
今、フラムから素晴らしい組み合わせの風景が見えている。
というかこの風景は、たぶんフラムの位置からしか見えない風景。
 
彼は相当絵心あるんだろうなって思った。
それにしても、船を動かすって事は見える風景も創れるんだなって、感心した。
 
太陽は水平線へ。山に隠れる。
青空の紫外線を受けた青い氷山は、深いブルーに変わる。

周囲を見渡す。
鏡のような水面。
そこに細かくなった氷が花のように浮いている。
ピンクの化粧をした雲。
紫色の山並み。
 
停止している客船が見えた。
ゆっくりとフラムはその船の先へ進んでいく。
 
午後10時48分。太陽が沈んだ。
そして船長が見せた最後の幕。
自然の水道の先に、穏やかに焚き火が燃えているような空。
逆さに写り込んでいる風景。
 
たぶん、さっきの留まってしまった船からは、
こんな奇蹟のような風景は見られなかったんじゃないかな。
 
午後11時20分。
デッキから拍手が起こった。
ブリッジへ経緯を込めて。
ハンセン船長が、軽く手を上げる。
ブリッジのスタッフの笑顔が見えた。
 
南極とクルーが創った劇場。
 
これがフラムに乗る価値なのかもしれないと思った。
こんな風景を見せてくれる船がそんなにあるとは思えない。