平気で気がつかないふりをする人たち2

前回、周囲を一方的にシャットアウトして、気がつかない人たちの話を書いた。
彼女達には、安心していられる場所がないのではないという話で終わった。
 
余計な心配である。余計なのだけど興味深いので続ける。
面倒だから注意もしないだけなのだけど…
 
日本はこういう事がそこそこ普通に見られる国になった。
どうして、そういう国になったかに興味が及んでしまった。

一つは、安心する空間が存在しないのではないかと思う。
遥か昔の話になるのだけど、学生の頃から社会人になってしばらくの間、レオパレスワンルームのアパートに住んでいた。
  
社会人になって、給料をもらっても東京では6畳程度の部屋に、机の大きさもないバスタブ兼風呂に、コンロ1個付いている所にしか住めない。
それでも生活は切り詰めてぎりぎりだったりする。
 
こういう空間の借家に住んでいると、ほぼ未来は描けない。
空間対費用率が悪く、払っているお金の割に満足感がない。満足感のないものにお金を払っていると、その浪費感が未来への希望をかなり削いでしまう。
いずれにしても契約者は納得して、家主の利益が乗っている価格で契約しているのだから、本人の問題である。
 
とはいえ、要するに必要な収入が足りないのだ。
 
その解決策として、新しい産業が生まれる。
例えばシェアハウスは、その代表例だったりする。